東から昇る太陽と共に活動しはじめ、月を見ながら目を閉じて眠りに入る。公共交通機関も社会システムも太陽中心に動いているけれど、逆の日々を暮らしている人も世の中にはたくさんいる。24時間体制で動く病院やコンビニエンスストア、IT、工場、タクシー・・・まだまだたくさんの仕事がある。
夜働き、日中に就寝する人が住みやすい家はどんな家だろう。
住宅街にある広めの敷地に平屋建ての家。建物は中庭を囲むように部屋が計画されて、上から見るとカタカナのロの字のような形となっている。道路と建物の土地の高さには段差があり、道路を歩いている人の声や視線、自宅の車の音などが室内に入りにくくしてくれるだろう。
夫婦を中心に子ども、親1人が一緒に住むことをイメージしたこの家は、玄関を入ってすぐ左手に家族が集まるリビングダイニングキッチン、右手には親の部屋である和室がある。和室を過ぎると子どもたちの部屋、さらに進むと収納室(ウォークインクローゼット)、主寝室、浴室などの水回りを抜けて、リビングダイニングキッチンに戻ってくる動線。
夜働く夫婦の生活を考えると、主寝室は動きの多い道路からできるだけ離れた場所に計画したい。太陽の光が主寝室に入りすぎないように高さに窓を設け、それでも入ってしまう光は板戸などを利用して部屋を暗くする。太陽が出ている時間帯に親や子どもたちが主寝室の前を通らなくてもよい動線としている。夫婦の部屋の前を通るたびに泥棒のようにソッと歩かなくてもいいように。
もちろん、夫婦が動く夜の時間帯に親や子どもたちの部屋の前を通らなくても生活ができるように、リビングダイニングキッチンや浴室などの水回りの間取りになっている。
家族の中で気を遣わなくてもよい生活、暮らしができる家になったらいいなと思っている。
この家に暮らす家族はこのような感じなのかな?と思いながら、想像力を働かせてみた。
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ダイニングに掛けてある時計が午後7時をトスッ、トスッ、トスッ・・・と詰まったような小さな音で教えてくれる。このアンティーク時計は本当はカンッ、カンッ、カンッ・・・と大きな鐘音がするのだけれど、我が家では訳あって音が鳴らないようにスポンジが巻いてあるのだ。
午後7時は出社の時間。おばあちゃんと子ども2人と共に夕食を食べ終え「行ってきまーす!」と声を掛けて、車にキーを差し込みエンジンをかける。今日は夜勤だ。仕事先へ向かう途中の信号待ちで外に視線を移せば、仕事を終えて自宅へ向かう人々が目に映る。勤続20年。昔はこの働き方に悩んだけれど、今迷いはない。
我が家は完全にすれ違い夫婦と言われる状態にある。自分は昼夜シフト制の工場で働き、妻も夜勤のある介護の職に就いている中で、小さな子どもを育てるには、家族が一つ屋根の下で時を共有する時間が少なすぎた。歯車が合わなくなりバラバラだった家族を見かねて、妻の母が一緒に住んでくれるようになってから世界が変わった。おばあちゃんが家族の中心となり、家をまわし、家族、夫婦の時間を作ってくれている。
この町に住んでいる友人に教えてもらった土地を購入して家を建てた。中庭を中心にまわりに部屋があるカタカナの「ロ」の字型をした平屋建ての家だ。
この形には訳があって、日の当たる時間帯に親が寝室で寝ている時に、子どもたちに「寝室の前で遊ばないでくれ!大きな音を立てないでくれ!」と怒りたくなかったし、ストレスも与えたくなかった。普段の生活で自然と寝室周辺に足を運ばなくてもよい間取り、休日で家族で中庭を使用して遊ぶような時は、リビングやダイニング、キッチン、寝室、子ども室も含めて、家全体を使って開放的に遊べる間取りにしたかった。
親子や子ども同士でケンカをして誰にも会いたくない時は、扉を閉めれば部屋に籠もることもできる。ただ、どの部屋からも籠もっている事は見えるし、ライトが付いていることもわかって気配を感じられる。リビングやダイニングに家族みんなが集まることは重要だと思うけれど、家族と距離をおきたい時は離れることができて、近づきたいときには近づくこともできる。家族が距離を選ぶことができる。
家族の生活習慣を振り返ってみると、この形がしっくりきた感じだった。
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“ピィポン!”
車の助手席に置いてある鞄の中から音。
“パパの今度の休みはいつ?連れてってもらいたい場所があるんだけど・・・”
娘からLINEで連絡が届いた。既読になった瞬間に“ねぇ!?いつ休み?”と再度のメッセージ。こうなると手が付けられない・・・。おばあちゃんからお小遣いでももらったかな?
妻の母は炊事、洗濯、掃除に至るまで、足りていないところをサポートしてくれる。夕飯の後片付けをする代わりにお小遣いをせがまれたのかもしれない。子どもたちにとって優しいおばあちゃん。
おばあちゃんの部屋はこの家で唯一の畳敷きの部屋で、由緒正しい和式の部屋ではなく、板を畳に変えただけの簡単なもの。私たちや子どもたちが部屋に行くと、木製の小さな丸形ローテーブルの上に常滑焼で作られた急須で温かいお茶を出してくれることもあって、用もないのにゴロゴロと寝転びたくなったらおばあちゃんの部屋に行くということが通例になってもいる。
おばあちゃんの部屋から中庭を挟んで反対側には私たちの寝室がある。
昼夜問わずゆっくりと睡眠を取ることができることを重視して、道路から一番離れた場所に計画している。中庭からの光が床や白い壁に乱反射して室内全体をぼんやりと繭につつまれたような空気感が漂う。
我が家は周辺に建つ家とは少し違っているかもしれないけれど、仕事も生活も安定している今、落ち着いて暮らしを楽しんでいると実感できている。
さて、ちょっと急がないと業務開始時間に間に合わなくなるな!
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