[draft#4]十字路に建つ作業室を持った住宅

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十字路に建つ作業室を持った住宅

数年間の下積み時代を終えて、当時住んでいた近くの農家小屋を借りたところから家具職人としての人生をスタートさせた。ありがたく無料で借りられた6畳ほどの空間は、霜が降りる冬場は底抜けに寒く、1時間に1回はトイレに走る生活だったけれど、小さな木の器や小物を作り、資金が貯まったら中古の機械を買い、少し大きな物を作り、また機械を買うルーティーンワークだった。当時購入した機械は今でも相棒として活躍している。

この生活が続けられたのも妻が生活面でも資金面でも家庭を支えてくれたおかげなことは間違いない。よくこんな自分と結婚してくれたものだ。ただ、唯一欠点があるとすれば、家からコーヒーが無くなるといつも笑顔で優しい妻が鬼のように怖くなることは口が裂けても誰にも言えない・・・。そこだけ娘が似なければよいのだけれど・・・。

娘の学校、妻の職場、自分の仕事環境を考えて、今住んでいる家から国道を車で15分ぐらい走ったところにある住宅地に作業場兼住宅を建てた。見つけた土地は住宅に囲まれた信号機の無い十字路の空き地で、最初は縁起が悪い土地か?とも思ったけれど、地主さんが理由を話してくれた。息子用に土地を購入していたものの、東京でマンションを購入したから、この土地は必要なくなったらしいと。

建てた住宅の半分は家族の住まいで、もう半分は家具を作るための場所。

住まいの部分は97㎡で一部屋ごとの大きさは大きくも小さくもない。物の少ない我が家にとっては十分な広さとも言える。2階のデスクスペースでは自分は家具のデザインを考え、娘は学校の宿題をするという姿が毎日見られる場所となっている。親子が並んで机に向かう背中を見て、妻は微笑みながら通り抜けて階段を下りていく。娘は勉強を自分に聞き、自分は娘に流行を聞く。そんな関係だ。

作業場の部分は66㎡と住まいの部分と2/3の大きさがある。作業場の扉を全開に開けることで、ギリギリ軽トラックを建物の中に入れられる。雨の日でも家具の出荷準備ができる便利さは格別だ。作業場には汚れたままの格好で使うことができるトイレとシャワールームを併設している。住まいを汚さない家族への配慮と捉えて欲しい。決して贅沢ではないと・・・。

作業場の横には打ち合わせスペースと申し訳ない程度の大きさのショールームスペースを計画している。打ち合わせスペースでは簡単なイスやペーパーナイフづくりワークショップなどを開いて、名前を覚えていただいたり、木に対する考え方を話させていただいたりしている。外へ出る機会の少ない自分にとっていろんな人に出会える数少ないきっかけとも言えるし、直接家具に触れていただく大切な機会でもある。

例えば、イスは「座りやすさ」だけではなく、座って心地よかった余韻が後の時間に幸せな影響を与えるようなものがいいと思っている。自分の思いが通じてなのか、家具の事はあまり分からないけれど、雰囲気や手触り、座ったときの感覚など五感で自分の家具をいいと思ってくださるお客さんと出会うことが多いように思う。

作業場の扉はできるだけ開けて仕事の風景が外から見えるようにしているつもりだ。我が家の正面に住むひとり暮らしのおばあちゃんは朝ドラの再放送が終わると暇らしく扉の前に現れる。世間話で一通り盛り上がった後に、余った材料でまな板を作ってあげたら満面の笑みで肩をバシバシ叩きながら「ありがとう」という言葉をもらった。職人として最高に嬉しい瞬間だ。

我が家にとってこの敷地は少しだけ大きく持て余す土地だったこともあり、塀で囲い込まずに地域の人が通ってよい道としている。それだけで住宅地にゆとりが生まれたように思う。子ども同士が走り回って遊んでいる姿をそっと見守る。転んでケガをすれば絆創膏を持って手当をする優しいおじちゃん役も板に付いてきた。おばちゃん方々の立ち話も盛んで、車の邪魔にならないこの場所が最高に喋りやすいらしい。住み始めて1年が過ぎたけれど、なかなかいい雰囲気が生まれていると感じている。

角地の土地を選んだ理由は特にないけれど、自分の子どもの頃の記憶を紐解いてゆくと角地にある建物は道路の拡張で取り壊された後も「こんな建物でこんな人がいたな」と覚えていることが多い。ここの前を歩く子どもにとって思い出に残るような十字路、話題の中に出てくるような場になったらいいなと思う。

地域の人と時間をかけて信頼関係を気づいていきたい。職人兼主夫でもあるのだから。

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